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恵子

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勤めていた保育園を早めに退職し、小さな保育園を作って10年目に入りました。やりたいことが、まだまだいっぱいです!

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June 04

「おいしくなあれ」の呪文

先月は豆ご飯をルクルーゼというお鍋で炊いて、子供達はそれをおにぎりにして3時のおやつに食べました。その時の写真は515日のブログフォトで公開していますので、ご覧下さい。「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と言いながら子供達の握ったおにぎりは、ラップにくるんで1個ずつお家の人におみやげとして持ち帰ってもらったのでした。

 

その2日後、3歳の男の子が私に近づいてきて、両手を揉みながら「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と言うのです。しゃがんで男の子の手の中を見せてもらったら、1個のお手玉が入っていました。豆ご飯のお握りづくりを思い出して、お手玉で再現していたのです。うれしい!と、思いました。幼い子供の心にちゃんと私のメッセージが届いている。それも、3歳の子に!

その時、これから月1回の予定で、このおにぎり作りを継続していこうと決めたのでした。

 

それから1週間が経って、次はハーブの入ったクッキーを子供達と一緒に作りました。園のプランターで育てているミントを枝ごと切ってきて洗い、子供達に葉を摘ませました。そして、クッキーの種を丸めてから、少し、指の腹で真ん中に窪みを作ってミントの葉をくっつけていきました。ふっと気づくと、子供たちはクッキーの種を丸めながら「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と言っているではありませんか!

 

 

子供達はすごい!と思ったのです。第1次反抗期真っただなかで、「イヤッ」としか言わないような子が、ちゃんとこちらの願いを受け取って自分のものにしていることに、驚いたのです。口先だけではなく、こうやって手を使い身体を使って一緒にやった事は、幼い心にすんなり届くのだと確認したのでした。

 

お手玉を握っていた男の子はキュウリのことを「ハッピーガーデン」と、覚えてしまっています。昨年、園の畑「ハッピーガーデン」で、自分で収穫したきゅうりを食べた時からそう呼ぶようになったしまったのです。ほほえましくて、訂正せずにそのままにしていたのですが、今年はちゃんと「きゅうり」と教えることにしようと思っています。

 

キュウリは今年もハッピーガーデンに植えてあり、黄色の小さな花が幾つもついています。30株のさつま芋と、3本のスイカが育ち、園のプランターでは小玉スイカ、ピーマン、プチトマト、ブロッコリーを栽培しています。収穫の喜びを知っている子供達は成長を見守って、育っていく過程を楽しんでくれることでしょう。昨年のピザ作りやスィートポテトを思い浮かべながら…。

 

2009.6.4

プチトマトの3つ目の実を見つけた日に

May 15

おにぎりの作り方

12日にアップの予告をしていたのですが、遅くなりました。松浦弥太朗のエッセイをご紹介します。できれば、何回も読み返し味わっていただきたいと思います。
 
テレビのニュースを見ていたら、寝床を失った失業者が、冬空の下で白い息を吐きながら、ほかほかと湯気を上げたおにぎりをほおばっている映像に目をうばわれた。おにぎりをとてもおいしそうにうれしそうに食べていた。指についたごはんつぶを残さず食べようと肩をすくめて口でつっついている大人の姿に、子供の頃の自分を重ね合わせた。傍から見たら、別に涙するところではないだろうが、僕の目は涙が溢れ、それ以上映像を見ることができなかった。手のひらで涙をぬぐっていると、「おにぎりがほんとにおいしいです。」という人の声が映像から流れた。
 
小学4年生の時、家庭科で料理をはじめて習った。目玉焼きとポテトサラダだった。作り方は、順番が決められていて、味気ない実験のようだった。かんたんに目玉焼きとポテトサラダはできたが、料理ってこんなものかと、上の空になって作ったものを食べた。味はひとつも覚えていない。
 
家に帰って、その日の家庭科の授業のことを台所仕事をする母に話すと、それは料理ではない、先生は間違っているわ、と言った。じゃあ、それはなあに?と訊くと、母は、まあ、それは遊びみたいなものね、と笑って答えた。そして、私が毎日あなたたちのごはんを作っているでしょ。それが料理よ、と言った。わからない顔をしていると、ひとつだけ料理を教えてあげましょう、と言い、手をよく洗ってきなさいといった。
 
母はまず、米びつに入ったお米を、1杯が1合よ、と言い、5合すくうように言った。1杯すくうごとに、お米さん、こんにちは、と言って、と言った。お米さん、こんにちは、を5回言って、おこめをざるにすくった。2,3粒がこぼれたのでそのままにしていたら、お米さんにあやまって拾うように言われ、お米さん、ごめんなさい、と言って拾ったお米をざるにいれた。
 
お米のとぎかたを教わった。お米は絶対に強くこすったりしてはいけない、やさしくとぐように、と目を見て言われた。神様に手を合わせるように両手を合わせて、その間にお米をはさんで、こすり合わせるようにしてとぐ。ざるをボボウルに載せて、とぎながら、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と言いなさいと母は言った。水が白くなったら、その水を流して、新しい水でといだ。3,4回繰り返して、ボウルから外して水を切った。お米はそのままふきんの上に置いて、少し待つように言われた。
 
1時間ほど経ってから、もういいわ、と母はといだお米と水を炊飯器に入れて、僕にスイッチを入れさせた。僕は、よし、と気合を入れてスイッチを押した。母は、炊飯器に礼、と言って微笑んだ。
 
しゅうしゅうと炊飯器から湯気が上がり、お米はもうすぐ炊けるのがわかった。僕は、おいしくなあれと、炊飯器のまわりを唄いながら踊った。カチッと音がして、炊飯器のスイッチが上がった。僕は、できた、と声を上げた。まだよ、蒸らすからそのままね、と母は言った。。僕は自分が一生懸命といだお米が、炊き上がるのが楽しみでわくわくした。きっと、おいしく炊けてるわ、と母はやさしい目で僕を見つめた。
 
炊飯器を開けると、白い湯気の奥にまっしろでぴかぴかのごはんがあった。僕はうれしい言葉がすぐに出ず、へんなポーズをいくつもとってそのうれしさを身体いっぱいで表した。
 
よくできたわ、と母は言い、小さな皿にひとすくいしたごはんを僕に食べさせた。おいしい、と言うと母もそれを指で口にし、ほんとうにおいしいねと言った。
 
おいしいおにぎりの作り方を教えるからね、と母は言った。そして、おいしいおにぎりを作れれば一生困ることはないから、しっかり覚えること。料理は方法ではなく、いかに心を込めるかが大事なの、と僕の両手を持って、腰を下ろして、自分の目と僕の目を同じ高さにして言った。料理は絶対ふざけたらだめとも言った。
 
母は炊き上がったばかりのあつあつのごはんを一度お茶わんにとって、それを自分の手の平に移して握るようにと言った。ごはんを指のところに置いて、指を曲げた手の隙間で、やさしくにぎること。早くやろうとしないこと。その時も、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と言いなさいと言った。僕はあつあつのごはんをお茶わんから手の指の下に移し、身体全体を上下させ、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と繰り返し言って、おにぎりを握った。さらに母は、好きな人の顔を思い浮かべながら握りなさいと言った。僕は身体を上下させながら、好きな人?と思い、そのときすぐ浮かんだ顔を思いながら握った。丸くできたら塩を手の平に少し置いて、まんべんなく行き渡るようにまた、おいしくなりますように、おいしくなりますように、と身体を上下させた。最初はうまく握れなかったが、コツを覚えて、ごはんを下に落とすことなくうまくできるようになった。おにぎり作りは楽しくて仕方がなかった。
 
おにぎりは、次から次へとできあがり、お皿に置かれていった。母も横に立って、いくつも作った。仕上げにのりを巻いた。
 
おにぎりを握っているとき、誰のことを思い浮かべたの?と母は訊いた。僕は照れながら、これはおかあさん、これはおとうさん、これはおねえさん、これはジョン(犬)、これはタロー(犬)とひとつひとつを指差し言った。母も、これはあなた、これはおとうさん、これはおねえさん、これはジョン、これはタロー、と同じように言った。
 
母は、はい、これはあなたを思って握ったのよ、と言ってひとつを僕に手渡し、おかあさんにもひとつ頂戴と言った。僕と母はおにぎりをとりかえっこして、いただきますと言ってから、ひとつほおばった。おいしい、と僕と母は、ほぼ同時に声を上げた。うん、おいしい、おいしくなりますようにって何回も言ったからね、と僕は言った。母は、ありがとうね、と微笑んで何回もうなずいた。ぼくも、おかあさん、ありがとうと言った。
 
これが料理なの、忘れないで、と母は言った。そして、」おいしいおにぎりさえ作れれば、何があっても生きていけるの。他の料理は出来なくていいから、おにぎるの作り方だけは忘れないこと。仕事も勉強もこれの応用よ、わかった?と母は言った。
 
暮らしや仕事を考えるとき、僕は必ず、このときに母と一緒に作ったおにぎりを思い出す。おにぎりの作り方は単なる方法ではなく、楽しさや、やさしさや、愛しさであり、暮らしや仕事への心構えのすべてを表しているのではないかと思っている。掃除にしても、料理にしても、どんな小さな仕事にしても、大きな仕事にしても、すべてこのように心を込めて、楽しく、やさしく、人と分かち合い、ありがとう、という気持ちが支えになっている。
 
おいしいおにぎりが作れるならば、それを基本にして、どんな仕事も上手にできるはず。
 
今でも僕は、母が言ったこの言葉を心に刻み、日々暮らしながら仕事をしている。
 
今、世の中には苦難の人がたくさんいる。人の手で作られたおにぎりが、人を喜ばせている姿を見て、僕は自分の暮らしや働き方を問いたださなければならない気持ちになった。おいしいおにぎろを作るために、たるんだ心と身体を鍛え直したい。
 
今日、母とのあの時を思い出し、小学5年生の娘とおにぎりを作ろうと思った。
 
暮らしの手帖39 4-5月号より抜粋
May 11

おいしいおにぎりを作ってみませんか!

園の畑、ハッピーガーデンに植えたエンドウに実がなり、成長した莢はだいぶ膨らみを見せています。透かしてみると、真ん丸い豆が行儀よく並んでいるのが見えます。ぼちぼち収穫する時期のようです。

 

昨年はスナックエンドウを作って、塩茹でしたりバターで炒めたりして子供達と一緒に食べました。収穫したその場で、生で食べてしまって筋だけ残した手を差し出して「おかわり!」と言った子を思い出します。その時の生き生きとした子供達の表情が蘇ってきて、

にんまりしてしまうのです。

 

今年はエンドウなので豆ご飯にするつもりでした。ところが、先月読んだ「暮らしの手帖」という雑誌の中で、一つのエッセイを読んでから「豆ご飯のおにぎり」を作ってみようと思ったのです。

 

それは、「おにぎりの作り方」というエッセイで、「暮らしの手帖」編集長の松浦弥太朗の書いたものです。小学4年生だった彼がお母さんと一緒におにぎりを作った思い出が、まるで昨日の出来事のように、鮮明に綴られていました。母親と共に過ごした、あたたかで愛情に満ちた時間を再現する行為に、目頭が熱くなってくるのでした。

 

この文章に共感できる私には、今は年老いて一人で暮らす私の母との、同じようなあたたかな思い出があるからです。そして、これを読んだ私の娘もまた、目頭を押さえていました。彼女にも、母である私と、幼かった頃に一緒になにかをしたという類似体験がきっとあったのだろうと思ったのです。母から子へ、いいえ、父から子へ、どちらでもいいから、この「おにぎりの作り方」を伝えてほしいと、私は思います。

 

「おいしいおにぎりが作れるならば、それを基本にして、どんな仕事も上手にできるはず。今でも僕は、母が言ったこのことばを心に刻み、日々暮らしながら仕事をしている。」と、彼は言っています。ごはんを、塩を揉んだ両方の手のひらで握るだけの、たったそれだけのおにぎりが、どうしておいしいのか!このエッセイを読んで謎が、とけた!

 

どうしても幼い子供達にそれが伝えたくて、今回は豆ご飯でおにぎりを作ろうと思っているのです。3月に子供達が卒園する頃には、どの子も上手なおにぎりが作れるようになっているようにしたいとも思っています。

 

おいしいおにぎりを作るための呪文を、あなただけにこっそり教えましょう!

「おいしくなりますように、おいしくなりますように」

 

  (松浦弥太朗の「おいしいおにぎりの作り方」は5月12日のブログで全文を紹介します。)

 

2009.5.10

母の日に

 

April 14

唐津焼「淡如庵」をたずねて

1月末から長期出張に出ている長女の陣中見舞いに博多に行ってきました。結婚している次女も同行して、久しぶりの母と娘の水入らずの小旅行でした。
 
大阪営業所に席を置く長女は、博多駅のすぐ近くのマンスリーマンションで自炊生活をしながら、初めての地元のメンバーと組んで仕事のプロジェクトを立ち上げているのです。相当なストレスを抱えているに違いないと思って様子を見に行ったわけです。ですが、マンションの小さな部屋は片付けてあり、私生活はきちんとしていると安心したのでした。
 
私の希望で、その日は博多から高速バスを使って唐津に行ったのです。旅行ガイドに載っていた小さな写真で見たあじさいの鉢の、本物がどうしても見たくて!
JR唐津駅から7~8分、雨上がりの坂を少し上ったところに「淡如庵」はありました。そして、樹齢250年の山桜のあるお庭を拝見したあと、会いたかったあじさいの絵柄の鉢と対面できたのです。両手に抱え込んでみると、思ったととおりの温かい手触りと鉢の底に描かれた淡い水色の花弁、滲んだみどりは線に描かれていない葉の重なりを感じさせてくれました。そして何より、この鉢にはどんな料理が合うだろうかと考えました。
 
この鉢の作者は「あや窯」の主である中里文子さんです。数少ない女性の窯元ですが、彼女の作品には「日常に使われる器」ということを意識して作られていると感じたのです。作品の中にはあじさいの花の(本当はガクなのですが)一個をモチーフにした箸置きのあることでも、それが確信できました。
 
いま、あじさいの鉢と5個の箸置きは、わが家の食器に仲間入りして初の出番を待っているのです。娘二人との楽しかった小さな旅の思い出を秘めて…

ひとつの手紙

毎年、卒園式が終わると気力が萎えるのです。体調を崩したり、ちょっと欝っぽくなってしまったりしてしまいます。無事に園児を送り出した安堵感と、大切にしてきたものを失った喪失感とがどうも体を重くしてしまうようなのです。

 

そんな私に、一通の手紙が届きました。あるお母さんから「お世話になったみなさんでどうぞ!」と頂いた菓子箱を開けたとき、手紙がそっと、包装紙の間に挟まれていたのです。その方のお子さんは下にきょうだいができたので、1年ほど前から「保育チケット」というのを使って、私達の園で週に1~3回くらいのペースで保育を受けていました。

 

手紙には、働いているわけでもないのに下の子が小さいからという理由で上の子を預けていいのだろうか、自分は子育てをサボっているのだろうかと悩んだことが綴られていました。でも、お子さんは喜んで園に来てくれてお友達と一緒にいろんな活動をし、園生活をしっかり楽しんでくれていました。ちょうど、お友達と一緒にいることが楽しくなる年齢に差し掛かっていたからです。

 

お母さんのお手紙には、スタッフの温かい笑顔に救われたり、子供への接し方を見て学んだり、連絡ノートのスタッフのコメントが参考になったとも書き添えてくれていました。そして最後に、「まるでお家のようにあたたかな保育園…本当に大好きな園でした。」と結ばれていました。

 

胸が、じーんとして目頭が熱くなってしまいました。隙間の出来ていた胸の中に、あたたかなものが満ちてくるのが実感できました。温かな心を受け取って、それを受けいれた胸の中がいっぱいになってくるのでした。同時に、ぎすぎすしていた心が優しさを取り戻していくようでした。

 

 

私達の仕事は、幼い子供達のこころと体の成長を見守り手助けをすることですが、子どもたちはそれぞれの家庭環境とご両親の影響を大きく受けて育ちます。ですから、子供達の背景にある家庭が子供の心や体の発達により良いものであること、その親御さんが社会的にも精神的にも安定し子供と正面から向き合っていてくれれば安心します。でも、なかなか現実には難しいことなのです。

 

その難しいことも、ちょっと子供と距離を置くことで見方を変えることができたりもします。少しの自分の時間を持つことで、追い詰められて硬くなってきた心にゆとりが出来る事だってあるのです。援助のない子育てに疲れて無口になったりイライラするよりは、やわらかな笑顔で、保育園に迎えに来てくれるお母さんのほうが子供にとってはうれしいのではないでしょうか。

 

このように、保護者に対する個別の援助ができることも、私どものような民間の小さな保育園の良さであると思っているのです。

 

2009.4.13

バラの蕾を見つけた日に

 

 
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